大島紬紀行
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大島紬物語

泥染めの誕生
奄美群島では平安の昔から上布が織られていました。はじめは自生していた麻や芭蕉の繊維でした。やがて江戸中期には桑の木が植えられ、絹がつむがれるようになりました。インドのイカットがルーツとされる絣の技法が伝来していた奄美の人々にとって、紬を織ることはたやすいことであったのでしょう。イカットというのは、マレー語で縛るとか、結ぶなど、絣(かすり)の技法を意味する言葉です。5〜6世紀ごろ、インドからスマトラ・ジャワ・チモール島などのスンダ列島にひろく伝わったと言われています。
ところが薩摩藩は租税としてこの高級な紬に目をつけました。奄美大島では紬の着用禁止令(1720年)が発布され、奄美の人々は紬を着たら罰せられたというのです。美しい紬を織りながら自分では着られず、上布をまとう島民の気持ちはどんなにかさみしかったことでしょう。
そして泥染はこうした背景の中から生まれました。ある日、代官の調べを受けた農家の主婦が自分のきものをそっと泥田に入れて隠し、後で取り出して洗ったらテーチ木で染めた茶褐色が黒く変わっていたといわれています。奄美大島の泥染紬誕生の伝説です。

大島紬は体にいい?
漢方薬の中で赤や茶色系統は婦人病によいといわれています。大島紬の染めに使うテーチ木のエキスは茶褐色。また泥田には血行増進と保温効果のある鉄分が含まれています。テーチ木と泥田で染めた大島紬は漢方薬と鉄分を浸こませたような織物です。

大島紬人気の秘密
泥染め
車輪梅染め
軽くあたたかい上質の細い絹糸が素材。一反わずか450グラムしかありません。テーチ木染めと泥染の過程で糸はやわらかくなり肩に軽くあたたかいし、縮まない糸の表面をおおう薄い膜が、樹脂加工の役目を果たし外からの汚れを防ぐとともに、生地を燃えにくくしています。
糸は人の手で何度ももまれることで、しなやかでしわになりにくく、雨に濡れても縮まないようになります。また静電気がほとんど発生しないので裾さばきが良く、絹ずれの音が心地良いといわれます。
その他にも、防虫効果や防カビ効果もあり、これらはすべて奄美大島紬独特の車輪梅(テーチ木)染めと泥染めによる不思議な力です。
流行や年代にあまり左右されない帯や裾回し小物で変化をつけやすく、同じきものを母娘で着用したり、お嫁入りに持って来た紬が子育てが終わった頃でも着られます。

泥んこ物語
ソテツの森
鉄をよみがえらすと書く「蘇鉄」。蘇鉄が自生している土質は泥染めに向いています。泥田の鉄分が枯れると蘇鉄の葉を刻んで泥田に埋めます。蘇鉄の葉に含まれた鉄分が泥田に溶け、再び泥染ができるようになるのです。奄美の泥は古代地層なので、粒子が丸く細やか。だから紬の糸を傷つけずにやさしく染め上げることができます。奄美の泥でしか泥染めができないといわれる理由です。

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